episode #001 ハゲの数え唄

ひとつ ふたつは良いけれど 

みっつ 三日月ハゲがある

よっつ よこちょにハゲがある

いつつ いっぱいハゲがある

むっつ 向こうにハゲがある

ななつ 斜めにハゲがある

やっつ やっぱりハゲがある

ここのつ ここにもハゲがある

とうでとうとう つるっぱげ!

 

幼い頃 私は シャンプーが目に入るのが大嫌いで

泡だらけの頭のままで

お風呂と飛び出しては 部屋を駆け回り

父を 困らせていたらしい

  

お笑い好きだった 父は

私が 少しでも大人しくなるように

面白い歌を教えてやろうといって

一緒に湯船に浸かるたび

この唄を 歌ってくれた

 

子供心に 父が 嬉しがっている顔を見たくて

お風呂中に響き渡るくらい 大きな声を張り上げて

この唄を歌ったことを よく覚えている

 

その頃 父は 野望に燃える若き銀行員で

私たち家族は家庭寮に住んでいた

 

父は 同じ家庭寮に住む職場の同僚に

「女の子なのに へんなうた教えない方がいいですよ」

とたしなめられていたらしい

近所に私の声は丸聞こえだったのだろう

 

大人になってからその話を父から聞いたのだが

父は ユーモアのわからないやつは わかんなくていいという人だったから

むしろ誇らしげな様子で 私に教えてくれたっけ。

 

何かと言うと 笑える話や とんちの聞いた話を

得意げに話して聞かせてくれる人だった

 

 

父は亡くなる前に 一時期行方不明になったことがあった

 

脳梗塞で倒れて アルツハイマーと診断され

九州の病院にいるということがわかり

私は詰まっていた仕事のスケジュールを

なんとかやりくりして

取るものもとりあえず博多に飛んだのだった 

 

この唄ならきっと覚えてるはず・・

再会した父に この唄を歌ってみた。

 

「お父さん 覚えてる?」 

「覚えてるよ」

 

父は ボソボソとながら 一緒に歌ってくれた

 

「よくさあ ちっちゃい時 歌ってくれたよね」

「・・・・」

「この唄大好きだったよ 面白くて」

「・・・」

 

胸がいっぱいで泣きそうになりながら

感傷に浸っているのは 私だけだったようだった

 

父は たいして興味がなかったのか、他のことに気を取られたのか

ぷい っと 横を向いた。

いや、 もう昔のことは思い出したくない、ということなのかもしれない。

 

それでも 覚えていてくれて 少しでも一緒に歌ってくれたって ことだけでも 十分だった。

そして 目の前にいるのが 私だってことを その時 わかってくれたってことだけでも。

 

病室を出てから涙が止まらず わんわん泣きすぎて

頭がガンガン痛くなり 吐き気もしてきて ふらふらになった

「ははは、、人間て 泣きすぎると こうなるのかー」なんて

自分に自分でツッコミを入れつつ 夜ご飯のとんかつを一口だけつついた

食欲ないのに なんで とんかつ頼んじゃったんだろ。バカみたい。

その日の夜はさすがに眠れなかった。

 

父の命は そう長くなさそうだということを知らされ

それから一年

東京と博多の往復をする日々が始まった。

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